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建築写真について考えてみる。

  • 執筆者の写真: 航 矢野
    航 矢野
  • 2025年9月7日
  • 読了時間: 2分

カメラ、三脚、広角レンズ…機材が一通り揃っていれば建築写真は撮れるんだろうか。


フォトグラファーについて考えてみる。写真を撮るハードルがフィルム全盛期に比べて下がっている今、資格も必要が無いフォトグラファーはその人口も増えただろうし、自分で名乗ればそうなれる仕事かもしれない。その人にどれくらいのスキルや経験があるかは関係なく、フォトグラファー自体は名乗ることができる。


もう少しフォトグラファーについて考えてみる。

例えば、技術も卓越していて、機材も充実しているフォトグラファーがいたとする。

例えば、技術も、機材も上記のフォトグラファーには劣る写真好きな人がいたとする。ただ、上記カメラマンよりも被写体への愛(例えばディズニーランドなど)が強く、被写体そのものの理解が深かったとする。


そんな2人が、ディズニーランドの写真を撮った時どちらの写真のが素晴らしいものになるだろうか。


これに関しては、単純な比較は当然できないけど、一通りの機材が揃っており、機能が優秀なカメラを扱えるという部分で一見「綺麗な」写真が撮れる今においては、対象への理解や愛(なんて大袈裟な言い方かもしれないが)が重要になってくるんじゃ無いかと思う。


話は戻って、建築写真について考えてみる。

ディズニーの話に倣って考えた時に、建築写真を撮る時に必要なことはなんだろうか。建築愛?その設計意図の理解?はたまた、施主側

に近い顧客視点?


垂直・水平をとって、引きと寄りをとって、昼景・夕景をとって…など基礎的なことは当然として、それ以上に必要になるのは建築そのものへの理解であり、その設計がどのような意図で行われているのか、そしてそれをどのように感じたのか。

そこを汲み取ることで、設計士の意図を代弁しつつ、客観的な印象を伝える、そんな役割が建築写真には必要なんだと思う。



好きな家には住みたいし、素敵な建築があれば見てみたいと考える僕にとっては、自分自身がその写真を見た時に、「住みたい」「行ってみたい」と思えるようにはするべきだろうと思っている。

 
 
 

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